毎日忙しくしているのに、半年前と今の自分がほとんど変わっていない。そんな感覚を抱いたことはないだろうか。この記事では、フローレベルのうち「ループ」と呼ばれる乗り方について、具体的な場面とともに見ていく。
動いているのに、同じ場所にいる感覚
資格の勉強を続けている。転職サイトも定期的にチェックしている。習い事にも通っている。それなのに、去年の今頃と比べて何が変わったかと聞かれると、はっきり答えられない。こういう感覚を持つ人は少なくない。
たとえば35歳の会社員の女性は、ここ3年ほど「いつか英語を活かせる仕事に転職したい」と思い、オンライン英会話を続けている。レッスンはほぼ毎回受けている。単語帳も買った。それでも転職活動そのものには一度も踏み出していない。
似たようなことは、家庭の中にもある。40代の主婦は「そろそろ家計簿アプリを本格的に使いこなしたい」と3年前から思っているが、アプリを比較検討する時間だけが増え、実際に入力を始めた月は一度もない。何かを調べている間は、前に進んでいるような安心感がある。
本人に悪気はまったくない。むしろ真面目に取り組んでいる自覚がある。だからこそ「なぜ進まないのだろう」という違和感だけが、じわじわと積もっていく。行動の量と、位置の変化は、必ずしも比例しないということを、多くの人はまだ体感として持っていない。
「ちゃんとしている人」に見えるから気づかれにくい
ループのいちばん厄介なところは、外から見ても、本人から見ても、それなりに前向きに動いているように映ることだ。約束の時間は守るし、頼まれた仕事もこなす。だから「あの人は頑張っている」という評価がつく。
40代の営業職の男性がいる。部下からの信頼も厚く、毎日誰よりも早く出社し、資料も丁寧に作る。ただ、5年前から温めている独立の計画は、いまだに「もう少し準備ができたら」の段階のままだ。周りは彼を「着実な人」と見ているが、本人の中では小さな焦りが積もっている。
チームのリーダーを任されている30代の女性にも、同じ構図が見られる。会議では的確に発言し、後輩の相談にも丁寧に乗る。
誰もが「頼れる人」と感じているが、本人だけは「自分自身のキャリアについては、ここ数年ずっと足踏みしている」と感じている。周囲の評価と本人の実感の間には、静かなずれがある。
忙しさと前進は、似ているようでまったく別のものだ。忙しくしていること自体が、進んでいる証拠のように感じられてしまう。評価されればされるほど、その足踏みに自分では気づきにくくなる。ここに気づきにくさの理由がある。
負荷のかかる約束を、そっと避けている
ループの中にいるとき、人は驚くほど自然に「決めない言い回し」を使う。「いつか」「タイミングが合えば」「余裕ができたら」「今は時期じゃない」。どれも前向きな響きを持つ言葉だが、共通しているのは、目標にも期日にも触れていないという点だ。
子育て中の30代の女性は、パート勤務を始めて3年になる。「子どもが手を離れたら、また正社員で働きたい」とずっと話している。しかし「手を離れたら」がいつなのかは、本人にも誰にも決まっていない。だから、その日はいつまでも来ない。
もう一つの例として、大学院への進学を考えている20代の男性がいる。「働きながら情報収集して、いい環境が整ったら出願する」と言い続けて2年が経つ。情報収集はかなり進んでいるが、出願の締切だけは一度も自分のカレンダーに書き込まれていない。
職場でも似た場面はよく見かける。「そのうちチームに新しい提案をしたい」と話す同僚がいたとして、その「そのうち」に具体的な会議の日付が結びついていることは、ほとんどない。言葉としては前向きなのに、実行の予定表には現れない。そこにループの静かな共通点がある。
決めなければ、失敗も確定しない
なぜ人は、こんなにも自然に「決めない」を選んでしまうのだろうか。理由の一つは、決めた瞬間に失敗の可能性も同時に生まれてしまうからだ。期日を決めれば、達成できなかったときにそれとわかる。目標を口にすれば、届かなかったときに周りにも見えてしまう。
逆に言えば、決めずにいる限り、失敗は確定しない。可能性は温かいまま保たれる。これは怠けというより、傷つくことを避ける自然な働きに近い。誰にでも起こりうることだ。
先ほどの独立を考えている営業職の男性を思い出してほしい。もし彼が「来年の3月末に退職する」と決めたとしたら、その日までに事業計画が仕上がらなかった場合、はっきりと「間に合わなかった」ことになる。決めないままでいれば、そうした痛みに触れずに済む。だからこそ、期日は静かに先延ばしにされ続ける。
だからこそ、勉強や情報収集を増やし続けるという形でエネルギーを使うことが多い。動いている実感は得られるし、失敗のリスクも背負わずに済む。一見、賢いやり方に見えるが、位置は変わらないままになる。
動いていないのではない。決めていないだけだ。
抜ける鍵は、たった一つの「決める」
ループから抜ける方法はいくつもあるように語られがちだが、実際にはとてもシンプルだ。「いつか」を、具体的な日付に置き換えること。これだけで、乗り方は変わり始める。
先ほどの英会話を続けていた女性であれば、「いつか転職したい」を「来年の4月までに、3社に応募する」に変える。独立を温めている営業職の男性であれば、「準備ができたら」を「今年の12月末までに事業計画書を1枚仕上げる」に変える。日付が入った瞬間、それは願望から予定になる。
大学院を考えていた20代の男性の場合も同じことが起きた。「情報収集が整ったら出願する」という言葉を、「今年の9月の出願締切に間に合わせる」という一文に書き換えただけで、それまで漠然としていた行動が、逆算した具体的なタスクに変わった。願書の準備、推薦状の依頼、志望理由書の下書きと、やることが自然に並び始めたという。
もちろん、日付を決めたからといってすぐにすべてが解決するわけではない。それでも、決めるという小さな一歩が、忙しさと前進を分ける最初の境界線になる。書き込んだ日付が近づくにつれ、それまで見えなかった次の一手が、自然と見えてくることも多い。
自分の動力源を知ることから
ループにいることは、悪いことでも、劣っていることでもない。多くの人が人生のどこかの時期に、この乗り方で日々を過ごしている。大切なのは、今どこにいるかに気づくことだ。
そして、決める力が出やすいかどうかは、その人が何に触れると力が湧くか、つまり生まれ持った動力源とも深く関わっている。何を決めれば自分にとって無理のない一歩になるのかは、人によって違う。
たとえば人との関わりから力が湧くタイプの人にとっては、誰かに宣言することが決める力の後押しになるかもしれない。
逆に、静かに積み上げることに力が湧くタイプの人にとっては、他人に話すよりも先に、自分のノートに日付を書き込むことのほうが、ずっと自然な一歩になる。同じ「決める」でも、合うやり方は一様ではない。
この連載では、フローレベルという4つの段階を順に見ている。自分がどの乗り方にいるのかを知り、そこから自分の動力源に目を向けてみることが、次の一歩につながっていく。
この記事のまとめ
- 動いているのに位置が変わらないとき、そこには「ループ」という乗り方がある
- 真面目に取り組んでいるように見えるからこそ、本人も周りも気づきにくい
- 「いつか」「タイミングが合えば」は、目標と期日を決めない言い回しである
- 決めなければ失敗も確定しない。それが決めずに済ませる理由になっている
- 抜ける鍵は「いつか」を具体的な日付に置き換えること、そして自分の動力源を知ること