頑張っているのに、なぜか状況が変わらない。そんな時間を過ごしたことがある人は多いのではないでしょうか。実は段を上がる人には、ある共通点があります。それは、一人で何とかしようとしないことです。
一人で頑張っている人ほど、動けなくなる
フローレベルという考え方では、今の自分がどう流れに乗っているかを4段階で見ます。上から「フロー」「解放」「ループ」「制約」という並びで、これは点数の高さではなく、乗り方の違いです。真面目な人ほど、この乗り方を自分一人の努力で変えようとします。
たとえば40代の営業職の男性がいます。数字は安定して出せるのに、部下の育成や新しい提案の仕組みづくりになると急に手が止まる。本人は「もっと勉強すれば」「もっと時間をかければ」と考え、休日も本を読み、セミナーにも通いました。それでも半年たっても景色は変わりませんでした。
努力の量が足りなかったわけではありません。彼はずっと同じ場所で足踏みを続けていただけでした。フローレベルは、時間をかけたから上がるものでも、頑張ったから上がるものでもありません。乗り方そのものを変えない限り、同じところをぐるぐる回ることになります。
似た例は学びの場にも見られます。オンライン講座を受講する女性は、毎日欠かさず教材を開き直し、ノートを取り直していました。それでも次の段階に進む感覚はつかめませんでした。
学習量が足りないのではなく、同じやり方を繰り返す限り景色は変わらないという構造がそこにあります。乗り方を変えない限り、努力は同じ場所に積み重なるだけです。
「相談した」のに、何も変わらない理由
ここでよくあるのが、同じ段階にいる人に相談するというパターンです。相談すること自体は悪いことではありません。ただ、同じ景色を見ている人からは、同じ答えしか返ってこないのです。
30代の主婦の方の例があります。子育てと家事に追われ、自分の時間がまったく取れないという悩みを、同じように子育て中の友人に何度も話していました。友人は「わかる、うちも同じ」と共感してくれ、話すたびに気持ちは軽くなりました。けれど翌週も、翌月も、状況は一つも変わりませんでした。
これは友人が悪いわけではありません。同じ「制約」の段階にいる人同士では、お互いの当たり前の基準がほぼ同じなので、そこから抜け出す視点が生まれにくいのです。相談したという安心感だけが残り、実際の位置は動かない。これは誰にでも起こりうることです。
20代の新卒女性にも似た場面がありました。仕事の進め方に迷い、同期に相談しては「わかるー、私も」で終わる日々。安心はできても、次の一歩にはつながりませんでした。
職場でも似た場面があります。同じ立場の同僚に悩みを打ち明けても、返ってくるのは共感ばかりで、次の一手にはつながりません。
これは相手の力不足ではなく、同じ段階にいる者同士が見ている景色そのものが重なっているためです。安心はできても、抜け出す糸口は生まれにくいのです。
見てもらう相手は、少し先を歩く人
では誰に見てもらえばいいのか。答えは、少し先を進んでいる人です。自分より段階が一つ上にいる人は、つい最近まで自分と同じ景色を見ていたので、抜け出し方の感覚がまだ新鮮に残っています。
ただし、あまりに遠すぎる相手だと、話が届きにくくなります。当たり前だと思っていることの基準が違いすぎて、「なぜそんなことで悩むのか」となってしまうのです。50代の自営業の方が、事業をゼロから大きく育てた著名な経営者に直接助言を求めたことがありました。返ってきた言葉は正しいはずなのに、自分の状況とはあまりにかけ離れていて、結局どう動けばいいのか分からずじまいでした。
大切なのは、雲の上の人ではなく、半歩か一歩先を歩く人を見つけることです。同じ道を少し先に進んだ人の言葉には、今の自分に届く具体性があります。
子育ての場面でも同じことが起きます。少し先に子どもを育て終えた近所の先輩に話を聞いた母親は、具体的な言葉をもらえたと感じたといいます。
半歩先を歩く人は、今の自分の悩みをつい最近まで抱えていたからこそ、抽象的な理想論ではなく、実際に効く言葉を持っているのです。
報告する相手を決めるだけで、動き出す
ここで一つ、実際に効果があった例を紹介します。営業職の男性は、ある時期から、直属の上司ではなく、数年前に同じ壁を越えたばかりの先輩に、毎週の進み具合を報告するようになりました。特別な仕組みを作ったわけではありません。ただ「見てもらう相手」を一人決めただけです。
すると不思議なことに、報告するという前提があるだけで、行動の質が変わりました。誰かが見ているとわかっているだけで、先延ばしにしていたことに手をつけるようになったのです。数ヶ月後、彼は部下への任せ方を少しずつ変え始め、以前は抱え込んでいた仕事を手放せるようになっていました。
段を上がる人は、特別な方法を持っているわけではありません。見てもらう相手を、一人決めているだけなのです。
先ほどの主婦の方も、同じ子育て中の友人ではなく、少し上の年齢で子育てが一段落しつつある知人に、月に一度だけ近況を話すようになりました。話す内容は同じでも、返ってくる視点が違うだけで、次にやることが見えるようになったといいます。
学び直しの場でも、決めた相手に週ごとの進み具合を伝えるようにした人は、途中で投げ出す回数が目に見えて減ったといいます。
見てもらう約束があるだけで、先延ばしにしていた一歩を踏み出しやすくなります。特別な意志の強さがなくても、行動は変わっていくのです。
抱え込みが得意な人ほど、苦しくなる構造
真面目で責任感の強い人ほど、抱え込みが上手です。それは長所でもありますが、フローレベルにおいては足かせになることがあります。誰にも見せない努力は、誰にも修正してもらえない努力でもあるからです。
お金の話でも同じことが起きます。ある個人事業主の女性は、事業の資金繰りをすべて一人で管理し、誰にも相談せずに判断を続けていました。うまくいっている間は問題ありませんでしたが、状況が厳しくなった時、誰にも見せていなかったせいで、問題に気づくのが遅れてしまいました。
これは能力の差ではありません。一人で抱えるという乗り方を選んでいただけです。段階が「制約」にとどまりやすいのは、能力が足りないからではなく、誰にも見てもらわないまま判断を重ねているからだということが、こうした例からも見えてきます。
家庭内でも、家計の判断を一人で抱え込んでいた家庭では、問題が表面化した時にはすでに手遅れに近い状態になっていたという話があります。
抱え込みは責任感の表れでもありますが、誰の目にも触れない判断は、間違いに気づく機会そのものを減らしてしまいます。
自分の動力源を知るところへ
この連載では、フローレベルという4つの段階を、順番に見てきました。時間が過ぎれば自然に上がるものではなく、やることを減らし、乗り方を変えたときに初めて動き出すという性質を持っています。そして今回見てきたように、一人で抱えないという選択も、その乗り方の一つです。
けれど、誰に見てもらえばいいのか、何を手放せばいいのかは、人によって違います。それを教えてくれるのが、生まれ持った動力源、つまりコアです。愛・楽・個・智・徳・才という6つの動力源は、何に触れると力が湧くかという生涯変わらない土台であり、そこから見えてくる方向がフィールドです。
自分がどの動力源で動いているかを知ることは、誰に見てもらうべきかを考えるための、静かな出発点になります。一人で頑張ることをやめる勇気は、自分を知ることから始まるのかもしれません。
コアを知った人の中には、これまで漠然と選んでいた相談相手を、初めて意識的に選び直したという声もあります。
何に力が湧くかという土台を知ることで、誰の言葉が自分に届くのかも、少しずつ見えやすくなっていきます。
この記事のまとめ
- フローレベルは努力量や時間では上がらず、乗り方を変えることで動き出す
- 同じ段階の人に相談しても、同じ答えしか返らず、安心だけが残る
- 見てもらう相手は少し先を歩く人が良く、遠すぎる相手は話が届きにくい
- 報告する相手を一人決めるだけで、行動の質が変わることがある
- 誰に見てもらうべきかを知る手がかりは、自分の動力源であるコアにある