「お金がないから」は、いちばんよく聞く言い訳の言葉かもしれません。でも今日はその言葉を責めるために書くのではありません。むしろ逆から入ります。お金がないと、本当に流れに乗りにくくなる。そこには気持ちの弱さではなく、もう少し単純な仕組みがあります。
「言い訳」として片づける前に
誰かが「やりたいけど、お金がないから」と言うのを聞くと、つい「本当にやりたいなら工夫するはずだ」と思ってしまうことがあります。実際にそういう場合もあります。でも、そう決めつける前に確かめておきたいことがあります。それは、その人が置かれている条件そのものです。
たとえば30代の会社員の女性がいます。手取りは平均より少し多いくらい。家賃と生活費を払うと、月に自由に使えるお金は1万円ほどです。この状態で「新しいスキルを学びたい」と思っても、選べる講座はごく限られます。工夫が足りないのではなく、そもそも選べる範囲が狭いのです。
奨学金の返済がある人が夜間学校に通いたいと思っても、返済後に残るお金はほとんどありません。工夫が足りないのではなく、そもそも工夫する余白がない場合もあるのです。
この記事では、この「選べる範囲の狭さ」を、精神論としてではなく、ただの事実として見ていきます。責める話にはしません。まず認めるところから始めます。
選べる幅は、気持ちではなく数字で決まる
収入から支出を引いた残り、つまり自由に使えるお金の量が、その人の選択肢の幅をそのまま決めます。これは意志の問題ではありません。月に1万円しか自由がない人は、1万円で買えるものの中でしか物事を考えられなくなります。これは怠けではなく、条件の結果です。
40代の営業職の男性の例があります。家計は特に赤字ではなく、むしろきちんと回っています。でも自由に使えるお金の枠がほとんどなく、何か新しいことを始めようとするたびに「今月は厳しいな」で止まってしまう。何年もそれが続くと、そもそも何かを決めること自体をやめてしまいます。これは意志が弱いのではなく、決める余地がずっと与えられていなかっただけです。
もう一つ、20代の会社員の例です。学生時代からずっとお小遣い制で育ち、社会人になっても「今月使えるのはこれだけ」という枠の中でしか物事を考えられません。転職や学び直しの話が出ても、まず頭に浮かぶのは「そんなお金はどこにあるのか」です。これも本人の性格ではなく、ずっとその枠の中で判断する練習しかしてこなかった、というだけのことです。
子どもが二人いる家庭では、一人の月謝を増やすともう一人の分を削るしかないことがあります。選択の前に、そもそも増やせる余地がどれだけあるかが問われているのです。
夢が小さいのではなく、調べる範囲が狭い
ここが今日いちばん伝えたいところです。自由に使えるお金が少ない人は、その金額で買えるものしか検索しません。1万円しかなければ、1万円の講座、1万円の本、1万円の道具までしか目に入りません。10万円あれば見える選択肢は、そもそも検索の対象にすら入ってこないのです。
「夢が小さい」のではなく、「調べる範囲が、その金額の中に収まってしまっている」だけかもしれません。
子育て中の主婦の例を挙げます。子どもの習い事を選ぶとき、月謝が5000円までという枠を最初に決めていました。その枠の中で比較検討していたので、良い教室があっても「うちには無理」と最初から候補から外していたそうです。あとで枠を少し広げてみたら、それまで存在すら知らなかった選択肢が急に見えてきた、という話をしてくれました。見える世界そのものが、財布の大きさで区切られていたのです。
これは特別な話ではありません。誰でも、自由に使えるお金の範囲でしか情報を探しません。だから「もっと大きな夢を持て」という言葉は、あまり意味を持ちません。夢の大きさではなく、検索窓に入れる金額の大きさが変わらない限り、見える世界は変わらないのです。
転職サイトを開くときも同じです。無理なく通える求人しか検索しない人と、投資前提で幅広く探す人では、見える選択肢の数がまったく違います。
年収が高くても、自由がない人はいる
ここまで読むと「じゃあ年収を上げればいい」と思うかもしれません。でも実際には、年収が高くても自由に使えるお金がほとんどない人がたくさんいます。この記事は収入の多い少ないの話ではありません。
ある開業医の例です。年収は同世代の何倍もありますが、住宅ローン、子どもの学費、医院の運転資金でほとんどが固定費として出ていってしまいます。手元に残る自由なお金は、一般的な会社員とそう変わりません。むしろ「これだけ稼いでいるのに、なぜ自由がないのか」という焦りの分だけ、しんどさは大きいそうです。
逆に、年収はそれほど高くなくても、固定費を小さく保っている人は自由に使えるお金が意外と多いことがあります。収入の額そのものより、そこから何がどれだけ出ていくかのほうが、選べる幅に直結しているのです。
中小企業を経営する知人も、売上は伸びていても再投資と税金でほとんどが出ていき、自由に使えるお金は思うほど多くないと話していました。
順番を入れ替える、というひとつの考え方
ではどうするか。この記事で示す具体策はひとつだけです。「収入を増やす前に、自由に使えるお金をつくる」。順番を入れ替えるということです。多くの人は、生活費を払って、残ったら貯める、という順番で考えます。これを逆にして、先に一定額を自由なお金として取り分け、残りで暮らす形に変えるのです。
減らす対象を選ぶときは、金額の大小ではなく「使ったあとに何が残ったか」で見分けます。使った瞬間は満足しても、あとに何も残らないものが浪費です。逆に、少額でも学びや関係や道具として残るものは、削らなくていい支出です。この線引きだけを意識すると、驚くほど多くのものが浪費側に分類されることがあります。
ある家庭では、なんとなく続けていたサブスクや外食を見直しただけで、月に2万円ほどの自由なお金が生まれました。金額としては大きくありませんが、その2万円の中で新しい情報を探し始めると、それまで見えなかった選択肢が少しずつ見えてくるようになったそうです。調べる範囲が広がるというのは、こういうことです。
この考え方は学びにも応用できます。毎月5000円を学びのための枠として先に取り分けた人は、以前より迷わず選べるようになったと言います。
「お金がないから」には、二種類ある
ここまで、お金がないという状態を制約として扱ってきました。実際にその条件は、時間を忘れて夢中になれる状態、つまり流れに乗ることを難しくします。選べる幅が狭ければ、内発的に「これがやりたい」と思えるものにたどり着く前に、選択肢そのものが尽きてしまうからです。
ただ、最後にひとつだけ付け加えておきます。「お金がないから」という言葉には、実は二種類あります。本当に自由に使えるお金の幅が狭くて動けない場合と、実はそこまで欲しくないのでその言葉を理由に使っている場合です。この二つは、外から見分けるのが難しいものです。見分け方はここでは書きません。ただ、両方があるということだけ、心に留めておいてもらえたらと思います。
同じ「お金がないから」という言葉でも、そのあとすぐ情報を探し始める人と、話がそこで終わる人がいます。その違いに、言葉の奥の温度差が見えることがあります。
お金の枠は、性格ではなく条件です。でも条件が変わっても、何に触れると力が湧くのか、どんな方向で力を発揮したいのかという、その人自身の動力源は変わりません。自由に使えるお金を少しずつ広げていく先で出会うのは、結局のところ、自分がもともと持っていた動力源だったりします。だからこそ、条件を整えると同時に、自分の動力源を知っておくことにも意味があるのだと思います。
この記事のまとめ
- 「お金がないから」は言い訳に見えて、実際に選べる幅を狭める事実でもある
- 自由に使えるお金の額が、調べる範囲そのものを決めてしまう
- 年収の高さと、自由に使えるお金の多さは必ずしも一致しない
- 先に自由なお金を取り分け、残りで暮らすという順番の入れ替えが一つの入口になる
- 「お金がないから」には、本当に幅が狭い場合と、そこまで欲しくない場合の二種類がある