「お金があれば」「時間があれば」——そう言いながら、何年も同じ場所に留まっている人がいる。でも本当にやりたいことは、たいてい条件が整う前に、もう始まっている。今日はその、少しだけシンプルな事実について書い⁠て⁠み⁠た⁠い⁠。

できない理由は、いくらでも見つかる

人は不思議な生き物で、やりたくないことに対しては驚くほど理由を思いつく。お金がない、時間がない、子どもが小さい、体力がない、環境が整っていない。どれも嘘ではない。ただ、それらの理由が並ぶとき、実はもう一つの可能性を見落としていることが多⁠い⁠。

たとえば、1000円の本を「高いから」と棚に戻す人がいる。でも同じ人が、100円のガチャガチャには迷わずお金を出す。値段の問題ではない。100円なら払ってもいいけれど、1000円までは払いたくない——それだけの話だ。欲しさの大きさが、金額の手前で止ま⁠っ⁠て⁠い⁠る⁠。

苦労せずに手に入るなら欲しい。でも、そのために労力を使ってまで欲しいわけではない。この感覚は、買い物だけでなく、仕事や勉強、人間関係のあらゆる場面に当てはまる。「そこまでしては欲しくない」は、「本当はそこまで欲しくない」の言い換えにす⁠ぎ⁠な⁠い⁠。

会社の研修で「資格を取りませんか」と誘われた同僚が、テキストだけもらってそのまま机に置き続けているのを見たことがある。忙しいからと言っていたが、実際には昼休みにスマホでニュースを眺める時間の方が長かった。忙しさは、優先順位が別のところにあることの言い訳にな⁠り⁠や⁠す⁠い⁠。

この現象が厄介なのは、本人にも自覚がないことが多い点にある。「やりたい」という気持ちと「やりたいと思いたい」という気持ちは、驚くほど似ていて区別しづらい。できない理由を並べているとき、実は自分自身にも説明をつけようとしているだけなのかも⁠し⁠れ⁠な⁠い⁠。

本当にやりたいことは、もう始まっている

30代のあるパート勤務の女性は、いつか英語を使う仕事に就きたいと10年以上言い続けていた。でも実際に何をしているかと聞くと、通勤電車の中でスマホの英会話アプリを毎日開いていた。お金も時間もないと言いながら、隙間の5分を見つけてずっと続⁠け⁠て⁠い⁠た⁠。

一方で、同じように「いつか資格を取りたい」と言っていた別の知人は、参考書を買ったきり本棚に眠らせたままだった。時間もお金も、実はどちらも似たような環境にあった。違ったのは、隙間時間の使い方だった。片方は本当にやりたくて、もう片方はそこまでではなかった、というだけのこ⁠と⁠だ⁠。

子育て中の家庭でも同じことが起きる。「本当は絵を描きたい」と言う母親が、子どもが昼寝している15分でスケッチブックを開いているのを見たことがある。時間がないのは事実だが、その中でも動いている人は動いている。やりたいことは、条件が整うのを待⁠た⁠な⁠い⁠。

筋トレを始めたいと言っていた男性が、ジムに行く時間はないと嘆きながら、自宅の廊下で腕立て伏せを10回だけ続けていたという話を聞いたことがある。10回では大した効果はないかもしれないが、続いていること自体に意味がある。条件を待たずに始められる小ささこそが、本音の強さを表⁠し⁠て⁠い⁠る⁠。

LifeFlowでは、こうして時間を忘れて夢中になれる状態をフローと呼んでいる。フローの鍵は内発的な動機、つまり「やりたいからやる」という単純な事実にある。誰かに指示されたからでも、条件が整ったからでもなく、勝手に手が動いてしまう。その小さな動きの中にこそ、本音が隠⁠れ⁠て⁠い⁠る⁠。

理由を足すほど、自分の気持ちが見えなくなる

40代の営業職の男性が、独立をずっと考えていた。「資金が貯まったら」「子どもが大学を出たら」「景気が良くなったら」と、話すたびに理由が増えていった。理由を並べること自体は誠実な態度に見える。でも理由が増えるほど、本人にも「自分はどうしたいのか」が分からなくなっ⁠て⁠い⁠っ⁠た⁠。

これは意志が弱いという話ではない。理由を一つ足すごとに、その分だけ本音が薄まっていく。10個の「できない理由」を並べた後で、「本当はやりたいのか」と聞かれても、もう答えられない。理由の多さが、気持ちを覆い隠してしま⁠う⁠か⁠ら⁠だ⁠。

この男性は結局、独立はしなかった。それを失敗だとは思わない。理由を並べ続けたことで、実は「そこまでして独立したいわけではなかった」という本音に、時間をかけて辿り着いたのだと思う。急いで答えを出さなくても、いずれ見えてくるこ⁠と⁠が⁠あ⁠る⁠。

似たような話は転職の相談でもよく聞く。「今の会社は良くない」と何年も言い続けながら、求人サイトを開いては閉じることを繰り返している人がいる。理由を足すたびに動けなくなっていくのは、決断そのものよりも、決めた後の責任を引き受けたくない気持ちが働いているのかも⁠し⁠れ⁠な⁠い⁠。

フローレベルという見方に照らすと、こうした状態は「言うが、やらない」という段階に近い。この段階自体が悪いわけではなく、誰もが一度は通る乗り方でもある。ただ、理由を足し続けている自分に気づけたなら、それはすでに一歩進んだサインだと言⁠え⁠る⁠。

やっていないことは、たいてい、そこまでやりたくないこと。

「やりたくない」と認めていい

ここまで読んで、責められているように感じた人がいたら、それは書き方が悪い。伝えたいのはむしろ逆で、「やりたくない」と認めてしまっていい、ということだ。認めた瞬間に、ずっと抱えていた宿題のような感覚が、すっと軽⁠く⁠な⁠る⁠。

50代の女性が、長年「義実家ともっと親しくすべきだ」と自分を責めていた。でも実際には、正月と盆に顔を出す以上の付き合いをしたことがなかった。ある日「私は本当はそこまで親しくしたくないんだ」と口に出してみたら、驚くほど楽になったという。やらない自分を責める必要がなくなっ⁠た⁠か⁠ら⁠だ⁠。

やらないことに理由をつけ続けるのは、自分を納得させるための作業でもある。でも「やりたくない」と一言で認めてしまえば、それ以上理由を探さなくてよくなる。手放していいものを、無理に抱え続けな⁠く⁠て⁠い⁠い⁠。

PTAの役員決めで、毎回「今年は忙しくて」と理由を並べていた父親が、ある年「正直、あまりやりたくないんです」と伝えたら、周りは意外なほどあっさり受け止めたという話がある。理由を作るより、素直な一言のほうが、案外角が立たないこ⁠と⁠も⁠あ⁠る⁠。

LifeFlowの考え方では、人にはそれぞれ力が湧く動力源=コアが違う。誰かにとって心地よい役割が、別の人にとっては消耗するだけの場所であっても不思議はない。自分の動力源と違う場所で無理を重ねているとき、「やりたくない」という感覚は、むしろ正確なセンサーとして働⁠い⁠て⁠い⁠る⁠。

お金が本当に足りないこともある

ここで一つ、誤解のないように書いておきたい。お金が本当に足りなくて、選べる幅が実際に狭くなっていることはある。生活のために動けない時間帯があるのも、また事⁠実⁠だ⁠。

「そこまでしては欲しくない」という話と、「本当に手が届かない」という話は、まったく別のことだ。すべての「できない」を「本当はやりたくないだけ」と片付けてしまうのは乱暴すぎる。この記事が言いたいのは、その両方が混ざって見えなくなっている状況を、少しだけ整理するこ⁠と⁠だ⁠。

自分の「できない」がどちらなのか、立ち止まって眺めてみる価値はある。隙間時間に少しでも手をつけているなら、それは足りない中でも動いている証拠だ。何年も理由だけが増えていくなら、本音は別のところにあるのかも⁠し⁠れ⁠な⁠い⁠。

子育てと仕事を一人で抱えるシングルマザーが、資格の勉強を諦めかけていた時期があった。でも保育園の送り迎えの間だけ、耳で講義を聴くという方法を見つけてから、少しずつ前に進めるようになったという。制約があること自体は変えられなくても、その中でできる形を探すことはで⁠き⁠る⁠。

こうした状態は、フローレベルで言えば「やるが、決めない」というループに近いことが多い。決めきれないのは意志が弱いからではなく、現実の制約が大きいからでもある。段階は点数ではなく乗り方なので、状況が変われば、また違う乗り方に移っていける余地は残⁠っ⁠て⁠い⁠る⁠。

シンプルに、やりたいかやりたくないか

理由を積み上げる前に、本当はもっと単純な問いがある。やりたいか、やりたくないか。それだけのことだ。難しく考えるほど、この単純な問いから遠ざか⁠っ⁠て⁠い⁠く⁠。

この問いに正直に答えられるようになると、無理に頑張らなくていい場所が見えてくる。同時に、条件がなくても勝手に動いてしまう場所も見えてくる。それは、自分がどこに力が湧くか、という話につなが⁠っ⁠て⁠い⁠る⁠。

趣味で写真を撮り続けている人が、副業として写真の仕事を頼まれても、なぜか気が乗らなかったという話を聞いたことがある。好きなことと、お金になることが必ずしも重ならないのは、よくあることだ。やりたいかどうかは、収益性とは別の軸で見た方が、案外すっきり見⁠え⁠て⁠く⁠る⁠。

この単純な問いは、日々の小さな選択にも応用できる。休日に何をして過ごすか、誰と時間を使うか、どの誘いを受けるか。理由をたくさん並べる前に、まず「やりたいか、やりたくないか」と自分に聞いてみるだけで、答えが早く出ることは意外と多⁠い⁠。

LifeFlowでは、その「力が湧く場所」を、生まれ持った動力源=コアと呼んでいる。何にどれだけ力を使いたくなるかは、性格の問題ではなく、もともと決まっている土台に近い。できない理由を数える前に、自分の動力源がどこにあるかを知っておくと、この単純な問いへの答えが、少しだけ見つけや⁠す⁠く⁠な⁠る⁠。

この記事のまとめ
  • できない理由の裏には、たいてい「そこまではやりたくない」という本音がある
  • 本当にやりたいことは、お金や時間がなくても、小さく始まっていることが多い
  • 理由を足すほど、自分の気持ちはかえって見えなくなっていく
  • 「やりたくない」と認めることで、抱えていた罪悪感が下りることがある
  • お金が本当に足りない場合もあり、それと「やりたくない」は分けて考えていい