「会議で意見が言えない」——この悩みを抱える人は多い。実はそれは性格の欠点ではなく、あなたの中にある動力源と、今その場が求めている発揮の仕方がすれ違っているだけかもしれない。
会議で意見が言えない、その悩みの正体
週に一度の定例会議。テーブルを囲むメンバーの半分は次々と意見を出し、残りの半分は黙ってうなずいている。あなたはどちらだろうか。発言しないほうの一人だとしたら、会議が終わるたびに「今日も言えなかった」という小さな後悔を抱えているかもしれない。
たとえば新人のBさんは、会議の前に伝えたいことをノートにびっしり書いてくる。しかし実際の場では、周りのテンポの速さに気圧されて、結局手を挙げられずに終わる。帰りの電車で「さっきの案、言えばよかった」と一人反省する日々が続く。
似たような光景は、家庭や地域の集まりでも見られる。たとえばマンションの管理組合の会合で、いつもは物静かな住人が、議題が自分の得意分野になった途端に堂々と話し始めることがある。場が変わるだけで、同じ人がまったく違う表情を見せるのだ。
こうした経験を重ねると、「自分は発言が苦手な人間だ」と結論づけてしまいがちだ。しかしその結論は、少し急ぎすぎているかもしれない。発言できるかどうかは、その人の能力や勇気だけの問題ではなく、もっと根本的な力の湧き方の違いに関わっている。
なぜ「言えない」のかは人それぞれ違う
同じ「発言できない」という状態でも、その中身は人によって驚くほど違う。ある人は、頭の中で考えがまとまる前に発言を求められて固まってしまう。別の人は、考えはまとまっているのに、場の空気を壊すことを恐れて言葉を飲み込んでしまう。
たとえば企画会議で、Cさんはアイデアが浮かんでもすぐには言わない。数日かけてじっくり検討してから提案したいタイプだからだ。一方Dさんは、思いついた瞬間に口にしたいのに、会議の進行が資料説明に終始していて、発言のきっかけがつかめない。
子育ての場面でも似たことが起きる。たとえば保護者会で、ある親は事前に配られた資料を隅々まで読み込んでから発言したいと感じ、別の親はその場の空気で感じたことをすぐに言葉にしたいと感じる。どちらが正しいというわけではなく、力が湧くタイミングが違うだけなのだ。
このように「言えない理由」を性格の一言で片付けてしまうと、本当の課題が見えなくなる。LifeFlowでは、こうした違いを動力源という視点から捉え直す。何に触れると力が湧くかは生まれ持ったもので、生涯大きくは変わらないと考えている。
コアによって「言葉が出るタイミング」が違う
LifeFlowが扱う動力源は6つあり、それぞれ1文字で呼ばれる——愛・楽・個・智・徳・才。たとえば「智」を動力源とする人は、情報を十分に集め、筋道を立ててから発言したいと感じる傾向がある。会議の場で即答を求められると、力が発揮しにくくなる。
一方で「楽」を動力源とする人は、場の雰囲気やアイデアの面白さに反応して、ふと思いついたことを口にすることに力が湧きやすい。逆に、事前準備をきっちり固めてから話すことを求められると、かえって萎縮してしまうこともある。
「徳」を動力源とする人は、自分の意見よりも先に、その場にいる人たちの気持ちや関係性を気にかける。誰かの発言を遮ってまで自分の意見を通すことに抵抗を感じ、結果として発言のタイミングを逃しやすい。これは遠慮深さというより、力の湧き方の違いなのだ。
たとえば「個」を動力源とする人は、自分なりの視点や独自の切り口を持っているときに強く発言したくなる一方、他人と同じような意見を並べる場面では急に口数が減ることがある。動力源ごとに「言葉が出やすい条件」がまったく異なることを知ると、発言できない自分を責める気持ちが少し軽くなる。
フィールドが変われば、発言の仕方も変わる
動力源が「エンジン」だとすれば、フィールドはその力を発揮する「方向」にあたる。LifeFlowでは、革新・共鳴・継続・設計という4つの方向で捉える。同じ動力源を持つ人でも、育ってきた環境や経験によって、力の発揮の仕方は変わっていく。
たとえば「才」を動力源とし、設計の方向で力を発揮してきた人は、会議の場でも数字や仕組みに基づいた発言を得意とする。同じ「才」でも革新の方向で育ってきた人は、既存のやり方を壊すような大胆な提案を口にすることに力が湧く。
これは職場だけの話ではない。たとえば習い事の教室で、長年続けてきた人ほど基礎を大切にする継続の方向に力が湧き、新しく始めた人ほど新しい練習法を試す革新の方向に力が湧くことがある。同じ習い事でも、育ってきた経験の積み方によって、力の出し方はまったく違う形になる。
この違いを知らないまま「あの人は発言できるのに、自分はできない」と比べてしまうと、必要以上に落ち込んでしまう。発言のスタイルは、動力源と、それをどう育ててきたかという方向性の掛け合わせで決まる。比較する相手も、比べ方も、実はもっと丁寧に選んでいい。
発言できないことは「弱さ」ではない
会議で黙ってしまう自分を責める前に、思い出してほしいことがある。それは、時間を忘れて夢中になる状態が、誰にでもあるという事実だ。会議では発言できない人が、趣味のサークルでは驚くほど饒舌に語っていることは珍しくない。
たとえば普段の会議では一言も発しないEさんが、子どもの学校行事の準備会では率先して意見を出し、周りを巻き込んで進行役を務めていた。同じ人物なのに、場が変わるだけでこれほど発揮の仕方が変わる。これはEさんの中に、内発的に動ける場所とそうでない場所があるということだ。
職場の中でも、部署を異動した途端に急に発言が増える人がいる。それは能力が急に伸びたわけではなく、その部署のテーマやメンバー構成が、その人の動力源に合っていたからかもしれない。環境が変わるだけで、同じ人がまるで別人のように見えることは、決して特別な現象ではない。
つまり「会議で言えない」という悩みは、その人全体の能力を示すものではなく、今いる場と動力源が噛み合っていないサインかもしれない。夢中になれる場所を見つけられれば、同じ人が別人のように力を発揮することは、決して珍しいことではない。
自分の動力源を知ることが、次の一歩になる
会議での沈黙をきっかけに、自分を責めるのではなく、自分の動力源に目を向けてみることをおすすめしたい。自分がどんな瞬間に力が湧き、どんな場面で言葉が出にくくなるのかを知ることは、次の会議での振る舞い方を変える手がかりになる。
たとえば「智」を動力源とする人であれば、会議の前に資料を読み込む時間を意識的に確保するだけで、発言のハードルはぐっと下がる。「徳」を動力源とする人であれば、発言前に一言「少し意見を挟んでもいいですか」と場に許可を取ることで、遠慮なく話せるようになる。
こうした小さな工夫は、性格を無理に変えることなく実践できる点が心強い。たとえば会議の議事録係を買って出て、まず書くことから発言のきっかけを作る人もいれば、事前に一対一で上司に考えを伝えてから会議に臨む人もいる。自分の動力源に合ったやり方を見つければ、無理に自分を変えなくても発言しやすくなる。
自分の動力源を知ることは、性格を変えることではない。むしろ、もともと自分の中にある力の湧き方を理解し、それを活かせる場面を少しずつ増やしていく作業に近い。会議で言えない自分を責め続けるより、まず自分の動力源を知ることから始めてみてほしい。
- 会議で発言できないのは、性格の欠点ではなく動力源とその場のズレによることがある
- 「言えない理由」は人によって異なり、6つの動力源で違う傾向が見られる
- 同じ動力源でも、育ってきた方向(フィールド)によって発言スタイルは変わる
- 会議で黙ってしまう人が、別の場では饒舌になることは珍しくない
- 自分の動力源を知ることが、無理なく発言できる次の一歩につながる
