同じ目標を掲げ、同じ会議室に座っているのに、生き生きと力を発揮する人もいれば、なぜか輪の中でも力を出しきれない人もいる。この違いは、根性や気合いの問題ではなく、一人ひとりが生まれ持つ「動力源」の違いから生まれているのかもしれない。
なぜ同じチームでも力の出方が違うのか
ある企画会議で、新しいアイデアを出してほしいと投げかけたとき、目を輝かせて発言する人と、じっと黙ってしまう人がいる。これは珍しい光景ではなく、多くの職場で日常的に見られる場面だろう。
私たちはつい「積極性が足りない」「モチベーションが低い」と評価してしまいがちだが、実はそれだけでは説明がつかないことが多い。同じ人でも場面が変わると、驚くほど生き生きと動き出すことがあるからだ。
例えば営業チームのAさんは新規開拓の場面で輝くが、既存顧客のフォローになると急に元気がなくなる。一方Bさんはその逆で、丁寧な関係づくりの場面でこそ力を発揮する。これは能力の差ではなく、力が湧く場所の違いだと考えると腑に落ちる。
家庭でも似たようなことが起きる。二人の兄弟に同じサッカーを習わせても、一人は試合形式の駆け引きに夢中になり、もう一人は基礎練習を黙々と繰り返すことに満足感を覚える。どちらも「サッカーが好き」という同じ入り口から始まっているのに、力の出る場面はまったく違うのだ。
評価する側がこの違いに気づかないと、「やる気がない」というレッテルを一方的に貼ってしまいやすい。しかし実際には、その人なりの力が発揮される場面が単にまだ用意されていないだけ、ということも少なくない。
チームの力を本当に引き出したいなら、まずこの「力が湧く場所は人によって違う」という前提に立つことが出発点になる。
動力源(コア)という視点
LifeFlowでは、一人ひとりが生まれ持つ力の源を「コア」と呼んでいる。これは性格診断のように後天的に変化するものではなく、生年月日から導かれ、生涯を通じて変わらないその人の土台のようなものだ。
コアは大きく分けて6つあり、それぞれ一文字で「愛」「楽」「個」「智」「徳」「才」と呼ばれる。誰かと繋がることに力が湧く人もいれば、新しい知識に触れることで動き出す人、独自の道を切り開くことに喜びを感じる人もいる。
職場で起きるすれ違いの多くは、実はこのコアの違いから生まれている。たとえば新しい挑戦にワクワクするタイプの部下に、細かい手順書ばかりを渡してしまうと、本来の力が発揮されにくくなる。逆に安定した積み重ねに力を感じるタイプに、常に前例のない仕事ばかりを任せても、疲弊させてしまうことがある。
学びの場面でも同じことが言える。資格試験の勉強をするとき、仲間と教え合いながら理解を深めることで力が湧く人もいれば、静かに一人で問題集と向き合うことで集中力が高まる人もいる。勉強法そのものに優劣はなく、どちらもその人にとって自然な力の湧き方なのだ。
コアが生涯変わらないという前提は、一見すると窮屈に聞こえるかもしれない。しかし実際には、無理に自分を変えようと苦しむ必要はなく、もともと持っている力の湧き方を理解し、活かす方向を探せばよいという安心感にもつながる。
コアという視点を持つだけで、「なぜあの人はあの場面でだけ輝くのか」という疑問が、少しずつ解けていく。
フィールドという「発揮の方向」
コアが動力源だとすれば、フィールドはその力をどう発揮するかという方向性にあたる。LifeFlowではこれを「革新」「共鳴」「継続」「設計」の4つの方向として捉えており、経験を積む中で育っていくものとされている。
同じコアを持つ人同士でも、フィールドが違えば発揮のされ方はまったく異なる。人との繋がりに力を得るタイプでも、新しい関係を次々に築くことに喜びを感じる人もいれば、一つの関係をじっくり育てることに喜びを感じる人もいる。
家庭の中でも似たような場面がある。二人の子どもに同じ習い事をさせても、一人は新しいことに挑戦するたびに目を輝かせ、もう一人はコツコツと同じ練習を積み重ねることに安心感を覚える。どちらも同じ「好き」から出発しているのに、伸びていく方向が違うのだ。
仕事の現場でも、営業という同じ職種の中に、新規開拓で常に新しい市場を切り拓くことに燃えるタイプと、一つの担当エリアを長く任されることで信頼関係を積み上げていくタイプがいる。どちらも成果を出しているのに、評価軸が一つしかない組織では、片方のやり方だけが正解のように扱われてしまうこともある。
フィールドは固定されたものではなく、経験を重ねる中で少しずつ育っていく側面も持つ。新人の頃はうまく力を発揮できなかった方向でも、場数を踏むうちに自分なりのやり方が見えてきて、次第に力が乗ってくるということも十分にあり得る。
チームの中でも、このフィールドの違いを見極めて役割を配置できれば、無理に性格を変えなくても自然と力が噛み合うようになる。
フローが生まれる関わり方
時間を忘れて夢中になり、気づけば何時間も経っていた。そんな経験を「フロー」と呼ぶ。フローの鍵になるのは、誰かに指示されたからではなく、自分がやりたいからという内発的な動機だとされている。
上司が良かれと思って細かく管理しすぎると、かえってこのフローを妨げてしまうことがある。例えばデザイナーに対して、色使いから配置まで逐一指示を出してしまうと、作業は正確になっても、本人の中の熱量は少しずつ冷めていく。
逆に、大枠の目的だけを伝えて自由に任せたとき、思いがけないほど質の高いアウトプットが返ってくることがある。これは能力が急に伸びたのではなく、もともと持っていた力が発揮されやすい環境が整っただけなのだ。
日常の趣味の時間にも、同じ現象は見られる。休日に読書をしていて、気づけば夕方になっていたという経験がある人は多いだろう。それは誰かに読まされているのではなく、続きが気になって自分から手が伸びているからこそ生まれる時間の感覚だ。
フローは一度生まれれば終わりというものではなく、条件が整っている間は繰り返し訪れるものでもある。逆に言えば、せっかく夢中になれる仕事に出会っても、締め切りや管理の強さが増していくと、その状態は少しずつ失われていくこともある。
チームの力を引き出すというのは、力を注入することではなく、力が自然に流れ出す条件を整えることに近い。
具体的な関わり方の工夫
では実際にどう関わればよいのか。特別な仕組みを大きく変えなくても、日々の小さな工夫の積み重ねでチームの空気は変わっていく。
例えば会議での発言の順番を少し変えるだけでも効果がある。じっくり考えてから話したいタイプの人には先に資料を渡しておき、その場で瞬発的にアイデアを出したいタイプの人には自由な発言の場を設ける、といった具合だ。
この視点は職場に限らず、家庭でも活きてくる。子どもに宿題をさせるとき、決まった手順通りに進めたい子には順序を示し、興味の赴くままに取り組みたい子には選択肢を用意するなど、関わり方を少し変えるだけで取り組む姿勢が変わることは少なくない。
友人関係でも似たような配慮が役立つ場面がある。旅行の計画を立てるとき、細かいスケジュールを事前に決めておくと安心する人と、当日の気分で自由に動きたい人が混ざっていると、どちらかが我慢することになりがちだ。あらかじめ「決めておく部分」と「自由にする部分」を分けておくだけで、双方が無理なく楽しめるようになる。
こうした工夫は、どれも大がかりな制度変更を必要としない。むしろ小さな配慮を積み重ねていくことの方が、結果としてチーム全体の居心地や成果に長く効いてくることが多い。
大きな制度改革よりも、こうした日常的な関わり方の調整の方が、実はチームの力を引き出すうえで効いてくることが多いのだ。
チームの力を引き出す第一歩は自分を知ること
他者の力を引き出したいと思うほど、実は出発点になるのは自分自身の動力源を知ることだったりする。自分がどんな場面で力が湧き、どんな場面で消耗するのかを理解していないと、他者の違いにも気づきにくいからだ。
自分のコアを知ったリーダーは、部下の行動を「やる気がない」と決めつける前に、「もしかしたら力が湧く場所が違うのかもしれない」と一呼吸置けるようになる。この小さな余白が、チーム全体の空気を大きく変えていく。
実際に自分の動力源を診断で知ったことをきっかけに、部下への声のかけ方が変わり、チームの雰囲気が落ち着いたという声も少なくない。特別なスキルを身につけたわけではなく、ただ違いを理解しただけで、関わり方が自然と変わったのだ。
ある管理職は、自分がじっくり考えてから動くタイプだと知ったことで、部下の即断即決の仕事の進め方を「軽率だ」と感じていた自分自身の見方に気づいたという。違いを知ったことで相手を否定する言葉が減り、代わりに「なぜそう動くのか」を尋ねる余裕が生まれたそうだ。
自分自身の傾向を理解することは、単に自己満足のためではなく、他者との違いを冷静に受け止めるための土台にもなる。自分がどう力を得るかを知って初めて、相手の力の湧き方が自分と違うだけだと、素直に認められるようになるのかもしれない。
チームで力を引き出す関わり方を考えることは、結局のところ、自分自身の動力源を知ることから静かに始まっている。
- 力の出方の違いは性格ではなく、生まれ持った動力源「コア」の違いから生まれることがある
- コアは6つあり、生涯変わらない力の源として、人によって触れると力が湧く対象が異なる
- フィールドという発揮の方向を見極めることで、同じコアでも役割の配置が自然と噛み合うようになる
- フローは内発的な動機から生まれ、細かい管理よりも自由な余白がその力を引き出す
- チームの力を引き出す第一歩は、まず自分自身の動力源を知ることにある
