興味があちこちに向いて、一つのことに絞れない。新しいことを始めるたびに前のことが疎かになる。そんな自分に「飽きっぽい」とレッテルを貼ってしまう人は少なくない。だがその広がりは、実はあなたの生まれ持った力の使い方そのものかもしれない。
「興味が多すぎる」という悩みの正体
数ヶ月おきに新しいことを始めては、また別のことに惹かれてしまう。料理教室に通い始めたと思ったら、次はプログラミングの本を買い、その後は写真にのめり込む。こうした自分に対して「なぜ一つのことを続けられないのか」と自分を責めた経験は、意外と多くの人が持っている。
社会の中では「一つの道を極める」ことが評価される場面が多い。学校でも職場でも、専門性を深めた人が称賛されやすく、興味が多方向に広がる人はどこか中途半端に見られがちだ。その結果、本人自身も自分の広がりを「欠点」として捉えてしまう。
実際の職場でも、次々と違うプロジェクトに手を出す同僚を「集中力がない」と評する声を聞くことがある。しかし後になって、その人が複数の分野をつなげる企画を思いついたり、誰も気づかなかった組み合わせを提案したりする場面に出会うと、印象が変わる。
興味が多いことは、必ずしも欠点ではない。むしろそれは、その人がどんな刺激に反応しやすいかという、生まれ持った傾向の表れである可能性がある。次の章では、その傾向を「動力源」という視点から見ていく。
それは「移り気」ではなく「動力源」の違いかもしれない
LifeFlowでは、人には生まれ持った「動力源」があると考える。これをコアと呼ぶ。コアは性格や努力で変わるものではなく、生年月日によって決まり、生涯を通じて変わらないとされている。全部で6つあり、それぞれ愛・楽・個・智・徳・才という一文字で表される。
コアは「何に触れると力が湧くか」を示すものだ。同じ出来事に対しても、人によって心が動く場所は違う。新しい知識に触れると力が湧く人もいれば、誰かとのつながりに力が湧く人、あるいは自分らしい表現に力が湧く人もいる。
興味が多方向に広がりやすい人は、しばしば新しい情報や可能性そのものに反応しやすいコアを持っている。次々と目に入るものに心が動くのは、移り気なのではなく、動力源がそのように設計されているからだと考えると、少し肩の荷が下りる。
大切なのは、すべての人が同じ理由で興味を広げているわけではないという点だ。コアによって、なぜ多くのことに惹かれるのか、その背景は異なる。次の章で、いくつかの例を見てみよう。
6つのコアと、興味の広がり方の違い
知的好奇心が強く、新しい知識や情報に触れることそのものが力の源になる人がいる。こうした人は、一つの分野を深めるよりも、様々な分野の知識を横断的に集めることに喜びを感じやすい。
子育ての場面でも、子どもの「なぜ」に一緒に付き合いながら自分も新しい発見をすることが楽しくて仕方ない、という人はこの傾向に近い。
一方で、楽しさや刺激そのものに力が湧く人もいる。新しいアクティビティに次々と挑戦し、飽きたらすぐ次へ向かう。これは根気がないのではなく、心が動く対象が「刺激の新しさ」にあるということだ。休日ごとに違う場所へ出かける友人を思い出す人もいるだろう。
また、自分だけの視点やアイデアを試したくて広がっていく人もいる。既存のやり方をなぞるより、自分なりの組み合わせを作ってみたい気持ちが強く、結果として複数の分野に手を伸ばすことになる。趣味でDIYと絵と文章を同時にやっている人が、実は一つの「自分らしい表現」を探している場合はこれに近い。
愛や徳、才といった他のコアでも、興味の広がり方はそれぞれ異なる表れ方をする。誰かのために役立ちたいという気持ちから多方面に関心を持つ人もいれば、成果や結果を出せる場を探して手を広げる人もいる。広がり方の背景を知ることは、自分を責めることをやめる最初の一歩になる。
「フィールド」が定まると、興味の広がりが力になる
コアが「何に力が湧くか」を示すのに対し、その力をどう発揮するかの方向を、LifeFlowではフィールドと呼んでいる。
フィールドは経験の中で育つものであり、革新・共鳴・継続・設計という4つの方向がある。興味が多いこと自体はコアの性質だが、それをどう活かすかはフィールド次第で変わってくる。
例えば革新の方向が育っている人であれば、複数の興味を組み合わせて新しいものを生み出す力に変わりやすい。まったく異なる分野の知識を掛け合わせて、誰も思いつかなかった企画を作るような場面がこれに当たる。
逆に設計の方向が育っている人であれば、広く集めた興味や知識を整理し、仕組みとして誰かに使える形にまとめる力になる。趣味で学んだことをブログやマニュアルにまとめて他の人に共有する人は、この方向に近いかもしれない。
転職を何度も繰り返してきた人の中には、実は一つの分野に定着できなかったのではなく、自分に合うフィールドを探していた、という場合がある。興味の広がりを「定まらない」と捉えるより、「まだ方向を探している途中」と捉え直すと、見え方が変わってくる。
興味が多いことは迷いではなく、まだ発揮のかたちが見つかっていないだけかもしれない。
フローに出会うと、多趣味は迷いではなく武器になる
LifeFlowでは、時間を忘れて夢中になり、最も力が出る状態をフローと呼んでいる。フローの鍵は内発的動機、つまり「誰かに言われたから」ではなく「やりたいからやる」という気持ちにある。複数の興味を持つ人ほど、このフローに出会える組み合わせの可能性も多いと言える。
例えば、料理と写真という別々の興味を持っていた人が、ある日その二つを組み合わせて自分のレシピを撮影し発信し始めたところ、時間を忘れて没頭できることに気づいたというケースがある。一つひとつは散らばった興味に見えても、組み合わさった瞬間に力が生まれることがある。
子育ての場面でも似たことが起きる。手芸と物語作りが好きな親が、子どものために手作りの絵本を作り始めたら夜更けまで止まらなかった、という話は珍しくない。それぞれ単独では趣味の範囲だったものが、組み合わさることで内発的な熱量に変わった例だ。
多趣味であることを「一つに絞れない弱さ」と見るのではなく、「まだ組み合わせを見つけていない状態」と見ると、興味の多さは可能性の広さに変わる。無理に一つを選ぶ前に、いくつかの興味がどう重なり合うかを試してみる価値はある。
一つに絞る前に、自分の動力源を知るという選択
興味が多いことに悩んだとき、多くの人はまず「どれか一つに絞ろう」と考える。しかしそれよりも先に、自分がどんな動力源を持っているのかを知る方が、遠回りにならない場合がある。なぜ広がるのか、その理由がわかれば、無理に絞る必要がなくなることもある。
LifeFlowの診断では、生年月日から自分のコアを知り、これまでの経験からどのフィールドが育っているかを一緒に見ていく。興味の多さを欠点として消そうとするのではなく、それがどこから来ていて、どう活かせば力になるのかを一緒に整理していくイメージだ。
診断を受けた人の中には、「自分が飽きっぽいのではなく、新しい可能性に触れることそのものが力の源だったと知って、肩の荷が下りた」と話す人もいる。それまで自分を責めていた部分が、実は最も自分らしい部分だったと気づくことは、思いのほか大きな安心につながる。
一つに絞ることが正解とは限らない。まずは自分の動力源であるコアを知ることから始めてみると、興味の多さそのものが、これからの歩み方を照らすヒントに変わっていくはずだ。
この記事のまとめ
- 興味が多すぎるのは飽きっぽさではなく、生まれ持った動力源「コア」の傾向による場合がある
- コアは6種類あり、何に触れると力が湧くかによって興味の広がり方も異なる
- コアをどう発揮するかを示す「フィールド」が育つことで、興味の広がりは力に変わっていく
- 複数の興味が組み合わさった瞬間に、時間を忘れて夢中になれる「フロー」が生まれることがある
- 一つに絞る前に、自分のコアを知ることが、興味の多さを活かす近道になる